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2008.01.30

ラオス旅行(2)

おぼろ月夜

一夜明けたビエンチャン。私は早朝からタイ大使館へ出かけ、観光ビザ2ヶ月を申請しました。
R0010232.jpg
タイ大使館のビザ申請場所

それから市内に戻り、市場をぐるっと巡って買うべきものを買って早めのお昼ごはん。
R0010236.jpg
米の麺、トマトと牛肉入り、生ハーブともやしは入れ放題!

午後は市内のあちこちに点在する工房などを回り、仕事しました。午後3時過ぎに宿の近くまで戻り、丁度そこにワット・インペンというお寺があったので、入ってみました。
ワット・インペンは、1995年に初めてラオスに入った時、最初に訪ねた寺院です。その時は、乗り合いトラックに一緒に乗ったフランス人にポンティップという名前のゲストハウスを勧められ、そこに泊まったのですが、そのすぐ近くにこの寺があり、目印というか、サイクル力車の人に宿の場所を教えるのに便利でした。
そんなわけで私の頭にインプットされているワット・インペンなのです。今回訪ねてみると、本堂にはだーれもいなくて、大きな仏像がこっちを見下ろしています。誰もいない寺院が好きな私は、そこで30分くらいずっと座っていました。具体的に何を祈るでもなく。私は敬虔な仏教徒ではありません(つまり意識的には仏にも法にも僧にも帰依しているわけではありません。詳しいでしょ、高校と大学が仏教系だったもので)が、こういう空間はいいですね。心が静かになる。ずっと波立っているものが、次第に凪いでいくのがわかります。宗教というものは、私などにはとても言及できるものではありませんが、人間にとって必要なのかな、ということだけは思います。いや、すべての人が必要とするわけではないのでしょうが。私もすべての時間に「必要だ」と思うわけではないのですが。

R0010237.jpg
ワット・インペンのご本尊


さて。
こうして一日が終わり、夕暮れが近づいてきました。
夕暮れ…………! あそこに行くべき時間ですよ。
あそこって、そう、メコン川べりの屋台です。昨日はもう夜になってしまって見られなかった日没を、見に行かねばなりません。ついでにビアラオも飲まねばなりません。
勇んで出かけるメコン川。またまた適当に注文して席に着くと、昨日は見えなかった川原がかなりの広さで広がっていて、そこを散歩している人がたくさんいました。メコンははるか彼方、タイの国土の近くを流れています。乾季だから? 6月にどうだったか、そもそもここに来ていないのだから見ていないはずなんですよね。
太陽は雲の隙間からときどき顔をのぞかせる程度でしたが、着実に沈みつつありました。ビアラオも来ました。少したってガイ・ヤーン(焼いた鶏)の半身が来ました。それと一緒に竹かごに入ったカオニャオも来ました。今日はこれで全部です。
するめ売りが炭火の入った入れ物を提げてテーブルを回っています。さすがにこの上するめはね、もう食べられませんね。
昨日もそうでしたが、乞食もけっこう回ってきます。子どもかおばあさんです。かなりの人数がいるようで、同じ人が何度も来るという感じはしません。考えてみると、今までラオスで乞食に会ったことがない、かな? 最近増えているのか、まぁ1つの職業としてここに定着しているのか。
ガイ・ヤーンは食べやすいように細かく切ってあります。でも骨も一緒なので気をつけないと、歯をやっちゃいそうです。柔らかくて実に美味しいです。甘辛のタレにちょっとつけて食べます。
ビアラオによく合いますね、これからはこのセットにしよう。って、明日もう帰るんだけど(笑)。
ガイ・ヤーンをあらかた食べ終わり、お皿をテーブルの向こうに押しやって、本格的にカオニャオでビールを飲み始めました。普通はないと思いますよ、もち米でビールを飲むなんてことはね。私は好きですけど。太陽はどんどん沈んで行き、時々ツーリストが私の近くまで来て写真を撮っています。私はかなりのビュー・ポイントにいたようです。ビアラオも三分の二くらいを飲み、早い話が酔っ払いつつあり、カオニャオはモチモチとおいしく、今日の仕事も全て順調に終わっており、私は上機嫌で暮れていく川面を眺めていました。

R0010252.jpg
メコンの夕暮れ


そこへ、おばあさんの乞食がやってきました。いつものように「あげられないよー」と笑って手を振る私。それほど切迫感の漂う風体ではなかったので。乞食への対処って、その瞬間の気分というか判断になるわけですが、未だに難しいと思うことがありますね。この時はさして難しいとは思わなかったんだけど。
このおばあさんは私が断ると、テーブルの上をじーっと見て、「このガイ・ヤーンをもらってもいいか?」と聞いてきました。
「いや、あげてもいいけど、食べてない所あったかなぁ」
私はそう日本語で言いながら皿を引き寄せてよく見ました。一切れ、多分手を付けていないのがあったので、「ああ、これがいいよ」と、おばあさんが懐から出したビニール袋に入れてあげました。すると彼女は、「他のももらっていいか?」と重ねて聞く。「いやいや、こっちはさ、私が食べちゃったやつだから、骨だから」と私は言うわけですが、もちろんそんな日本語が通じるわけもなく。私の制止も聞かずに彼女は、これも、これも、と1つずつ、私の食べ残しを袋に入れていく。「キュウリもいいかね、トマトもいいかね」と、付け合せの野菜も入れていく。そりゃ、野菜はいいけどさ。
「ばあちゃん、待ってくれ」
皿に残っていたものの半分ほどが彼女の袋に消えた時、私はたまらなくなって思わず彼女の手を止めてしまいました。彼女は悪いことをして止められたと思ったようで、ちょっと不安そうな顔をしました。
その瞬間、私は頭がかーっとなってしまい、彼女にどうしてもちゃんと焼いてちゃんと売ってるガイ・ヤーンをあげたくなったのです。
「今、買ってくるから。ここで待っとって。いや、今ここの人に頼むから、ちょっと待って」
私は30mほど向こうで炭火の番をしている店員を呼ぼうとしました。
けれど私のしようとしていることに気づいた彼女は、かなり必死な様子でそれを止めようとします。私は止められるままに呆然と彼女を見返しました。ここで商売ができなくなる、彼女はそう言っているようでした。確かに目立つことがあれば、後で嫌がらせされたりもあるんだろうな、と思いつつも、私が口に入れて口から出したものを持って帰ろうとするこのおばあさんが、もうどうにも、堪らなかった。
私が思いとどまったことを確認すると、彼女は安心したようにまた袋の口を開け、うれしそうに1つ、1つと骨を入れていくのです。そりゃ少しは肉も残っていますが。それにしても。

全部入れ終わった彼女は、ニコニコしながら私に礼を言い、立ち去ろうとしました。はっと我に返った私は、思わずもう一度、
「ばあちゃん、待って、いや、待ってください、頼みます」
と呼びかけていました。今ここでこのまま彼女を行かせてはいけない。私の頭の中でそういう警告音が鳴り響いていました。怪訝そうに立ち止まる彼女。私は急いでズボンのポケットを探りましたが、いつもあるはずの小額紙幣の束がありません。カバンか、と思ってカバンを探ると、小銭の束はないけど財布がありました。財布の中には、一定額以上のお札しか入れていませんが、そんなことはもうどうでもよくて、何枚か抜いて小さく畳んで、あまり人に見えないように下から彼女に手渡しました。彼女はびっくりしているようでしたが、私が目立たないように渡した真意はすぐに理解し、彼女もまたそっとそれを自分の懐にしまいました。額も見なかったと思います。私も詳しくはわかりません。それから彼女は私に手を合わせると「ありがとうなあ」と言い、ゆっくりと杖をつきながら去っていきました。
ここで彼女が私に手を合わせたのは、別に私を仏さん扱いしたわけでもなんでもなく、タイやラオスでは感謝の気持ちや相手への尊敬、好意を表すのにごく自然に手を合わせるのです。
その後も私はカオニャオをつまみに残ったビールを飲みましたが、なんだかもう味もよくわからなくて。気が抜けていたのかもしれませんけどね、だいぶ時間も経っていたから。

あの骨は、もともとあのおばあさんは犬にでもやるつもりで持って行こうとしていたのかもしれません。あるいは、ああいう行為が人の心を揺さぶってしまうことを知っていて、やっているのかもしれません。
だから私のことを「バカだなぁ」と思ってくれてもちっともかまわない。乞食にお金をあげても何にもならないのに、と慨嘆されても自分は平気です。
でもなあ。
あそこで平然と彼女のすることを見ていることができる人は、鬼だと思うな。
彼女の所に毎日天使が降りてくるわけでもないだろうし、何日かに一回、あるいは何週間かに一回、愚かな天使(酔っ払い)が降りたっていいと思うんです。

味はわからなくなってましたが、十分にアルコール度は残っていたようで、大瓶1本空になる頃には私はすっかりほろ酔い加減になっていました。お金を払ってそこを離れ、宿に向かいます。最短ルートはちょっと暗い道なので、人通りの多い道から遠回りです。歩いている人も多く、店もたくさん開いています。あちらでもこちらでも、ツーリストたちが歓談しています。
ビエンチャンはいい町ですね。またまた好きになりましたよ。
意識せずに歩くと、私の足は若干千鳥になります。もともと左足がわずかに感覚がないので、ほんの、ほんの少しだけバランスの崩れた歩き方をしているようなのですが、それがさらに、千鳥になる。
「足は千鳥と成り果ててー、遠い月夜を物語るーっ、とくらぁーっ」
などと鼻歌を歌いながら歩いていると、ワット・インペンの前に出ました。境内には坊さんが何人か。ツーリストも何人かいます。ここを通り抜ければ近道です。行ってみました。
もう本堂には入り口に柵がしてあって入れませんが、お堂の入り口は開いていて、奥にいる仏さんが見えました。仏さんと目が合ったとき、あっ、と思いました。

「さっき悪戯されましたでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ばあちゃん、寄越しましたよね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ノックアウトされちゃいましたよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あれはあれでよかったですかね? 自分は間違ってますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「そんなことわかりませんよね、すいません、おやすみなさい」
「はいよ、おやすみ」

空を振り仰げば、おぼろ月です。今日は17番目の月。

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この記事へのコメント
仏さんの口元に骨がくっついてたかも。

私みたいな者が言うのは何ですが、
一期一会やね。
間違いだなんて言うヤツは、急患に居留守つかう医者みたいなもんやわ。

Posted by はぶ at 2008.01.30 18:13 | 編集
はぶさん、まとめてこちらに。
はは、そうですね、仏さんもたまには肉食をしたくなったりもしますよねw
んで、前のところのコメントですが、何かそれはそれで1つの世界になってて怖いんですが・・・ww
見ちゃいました?
Posted by ヤマネ at 2008.01.31 00:18 | 編集
見ちゃった!
こんなことならダウンロードしといてネット販売すりゃよかったかな?
ちなみに
翌朝トイレ掃除はしてくれたのかなあ~と思っていると、危うく仏さんの手まで汚物で汚しそうになりました。
Posted by はぶ at 2008.01.31 11:56 | 編集
ははは、そうですか。推計70名ほどの方が、あの距離を走ることができたとして、読んだかもしれないんですよ。ただね、とにかく距離が長いですから、あそこまでたどり着かなかった人もきっとたくさん……。
翌朝は速攻でトイレ掃除、ついでに部屋も掃除してくれましたよ!
Posted by ヤマネ at 2008.01.31 12:53 | 編集
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