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2008.02.02

ラオス旅行(5) 

かえりみち

※この記事に関しては、前回の「ノンカーイ・ロールワンデリング」をお読みになられた後にしていただけると幸いです。でないと前半がよくわかりません。

6時過ぎに目が覚めて、荷物をまとめ、7時15分には部屋を出て受付に行きました。昨日のヤツだったら嫌だなぁと思いましたが、おとなしそうなおじさんが1人。「チェックアウトするー」と鍵を渡すと、ちょっと待ってて、忘れ物見てくるからね、と部屋を見に行きます。やがておじさんが戻ってきて「オッケー」と言うので、私も彼には何の恨みもありませんから「ありがとう、じゃーね!」と挨拶して宿を出ました。
出たところはいつもトゥクトゥク溜りになっているのですが、おっと、朝が早すぎたのか誰もいないではないですか。しょうがない、小さな町だから歩いて行こうと決めて通りに出ました。そこにパーコントー(揚げパン)売りがいたので、バス駅が2本あるメインストリートのどちらだったかを確認。やはりクランク状に歩いて行けってことだったので、そちらに向けて歩き出したときです。背後から軽いエンジン音が聞こえたと同時に、「ハロー」と声がかかりました。おっ、トゥクトゥクが来たな、と振り返ると、そこにいるのはバイクです。はて? とよくよく見れば、さっきのゲストハウスのおじさんではないですか。
「パイナイ? どこ行くの?」
「パイボーコーソー、バス駅へ」
乗りなよ、とおじさんは荷台を指さしました。えっ、いいの? と言いつつ乗せてもらう私。バイクはすぐにスタートしました。
「どこに行くの?」
「チェンマイなんだけど、ダイレクトバスはないからウドンへ」
「あ、そう。昨日ビエンから来たんだよね?」
「うん」
バイクはトクトクトクトクという軽快な音を立ててゆっくり走っています。
「ノンカーイは初めて?」
「ううん、何度か来てるよ」
「ふうん、そうなのか」
トクトクトクトク…………。
ハンドルを握るおじさんの背中越しに通りの風景を眺めながら、もしかして彼は、昨日私が大喧嘩している場面を目撃していて、それで気になって来てくれたんじゃないかなぁ、そう思えてきました。だって、ゲストハウスの人がわざわざバイクで追いかけてくるなんて、そうそうあることじゃありません。特に仲良くなったわけでもなんでもないのにね。
トクトクトクトク…………。バイクは走ります。
「旅行してるの?」
「えーと、今はチェンマイに住んでる」
「へぇ、住んでるのか」
「うん、タイ語ぜんぜん出来ないけどね(笑)」
「パイ、チェンマイ(チェンマイに行く)が言えりゃ十分だよ(笑)」
「あ、そうかなぁ、ははは」
トクトクトクトク…………。
「チェンマイまでは長いなぁ、どのくらい?」
「多分14時間くらい」
「ああ、やっぱり長いな」
おじさんは昨日のことなど一言も言いません。私はもうこのあたりで、うるうるです。
トクトクトクトク…………。バイクは見覚えのあるバス駅への曲がり角に来ています。
「あのさ」
しばらく黙っていた後でおじさんが言いかけます。ん? と聞き返すと、
「またおいでよ」
とぽつり。
「う………………」
私は絶句しました。そんなこと、今このタイミングで言われたら、泣いちゃうよ……。
もしかしたらそうじゃないかな、という思いが確信に変わり、私はもうちょっとでおじさんを背後から抱きしめて泣いてしまいそうでした。私はいつもバイクを雄雄しく跨いで乗っているので、おじさんの背中はまさに、「さあこいっ!」って感じで目の前にあるんですよ。ま、そんなことしたらびっくりして転倒されそうだけど。
やがてバイクはバス駅に到着し、一台のバスの横にシャッ! と横付けされました。
「これ、ウドン行き」
「ありがとう、おじさん。また会おうね」
それ以上何も言えません。多くを言おうとすれば、みんな嘘になりそうだよ。
おじさんはうなずいて、早く乗りなさいと促しました。車掌が手招きしています。私が乗り込んだのを見届けて、おじさんはバイクをユーターンさせ、通路に立っている私をちらっと見上げてにこっとしてから、来た道を帰っていきました。
バスは私を乗せた瞬間にバックを始め、ノンカーイを発車しました。そうか、この時間を知っていて、間に合わせようとしてくれたんだね、おじさんは。これに乗れなければ1時間待ちだったんだ、私。
えーと、しかしまた、朝ごはん食べ損ねました(笑)。
ノンカーイの町はほんとうに小さいので、バスはあっという間に走り抜けてしまいます。ウドンまでは60キロほどかな、約1時間。冷房のキンキンに効いたバスの中から流れる風景を見るともなしに見ながら、おじさんのことを思い出しては涙が出そうになり。そのたんびに頭振ったり足叩いたりして我慢しつつ、バスに揺られ続けました。ついこの間、どこかで「旅先では決して泣かない」とか書いてたはずなんですが、あれは撤回だな。というか、年を取ったということか(笑)。途中、スコールのような激しい雨が降り、ああ、空も泣いてるぜ(ほとんど気分は小林旭だね)と思い、やっと落ち着きました。

それにしても、1人だと、笑ったり怒ったり喧嘩したり泣いたり、忙しすぎるんだよ……。

おじさんの好意はほんとにありがたかった、うれしかった。もう二度と来ないかもしれないと思ったノンカーイだけど、また行ってもいいかと今は思ってる。
ほんとに、ほんとに泣くほどうれしかったんだけど、それでもまだ、昨日のことを吹っ切るまでには至らなかったです。私はウドンへ向かうバスの中で、一体これから自分はどうするつもりなんだと、さんざん考えました。
チェンマイへ戻る週3便の飛行機は明日の午後ウドン発。しかし、既に満席になっているのは知っていました。キャンセル待ちができるかどうかはわかりませんが。あるいは今日中にバンコクに飛び、そのまま乗り継ぐか、乗り継げなければバンコク一泊で明日のチェンマイ行きで飛ぶか。飛行機を使うとすると選択肢はこんな感じです。
でも。
正直この時点で、飛行機という線はほとんど消えていました。
うまく言えないんですけどね。バスででも行かないことには、落とし前がつけられない、って感じ。これで飛行機でびゅん、びゅん、とチェンマイに戻っても、何か引きずりそうな感じです。苦痛を贖うにはさらなる苦痛を、っていう体育会出身者特有の発想かもしれません。いや、そんなん私だけですか?(笑)
それと、これは既に書きましたが、自分がバスに乗れるのかどうか確かめておきたかった、というのも1つ。タイは道もそこそこいいし、バスもいい。タイで乗れなければ、他の国では乗れないと考えていいでしょう。だから、自分は乗っても平気なのか? それともやはり無理なのか? VIPなどではない普通のバスで、確かめてみたくなったのです。
ウドンに着くまでに、ほぼ決めました。えーと、どうするかを決めたのではなく、自分は今日これから、周囲が自分をどう転がすか、それに従って動いてみよう。そう決めたのです。これをカッコよく言うと、風の吹くまま、ってことになるのかな?

R0010269.jpg
ウドンターニの閑散としたバス駅


ウドンに着いたのは9時少し前。とりあえず空腹だったので麺屋に行きましたがまだやってない。隣でお粥を食えと言われて行ってみましたが、お粥ではなく春雨麺みたいなものを売っていました。それも最後の一椀。不思議なそれを食べて値段を聞くと10バーツ。安いですね……。でもすごくうれしそうに感謝されました。鍋の底までさらいましたからね。
それからバス駅に戻り、寄ってくる人々に向かって「チェンマイに行きます」と宣言。まず連れて行かれたのは、私営のチェンマイ直行バスのオフィスです。前に2度ここから乗ったことがあります。途中で下校の子どもを拾っては降ろすので、死ぬほど時間がかかるんですよ。バスは午後2時半発で、到着予定時間は明日の朝6時。15時間半ですか? 前より長くなってませんか? これはさすがにちょっと……、長すぎます。
またバス駅に戻り、再び寄ってくる人々に「チェンマイに行きたいんだけど」と言い、今度は駅の事務所につれて行かれます。ここで英語のできる人にいろいろ聞いて、その人は親切にも空港(かノック・エアの事務所)に電話してくれて、明日の便がやはり満席だということと、バンコク行きも今日の便は満席になってることを聞いてくれました。おまけに「飛行機は高いよー、バスにしなさい」と諭されました(笑)。ありがたい、これで飛行機は消えました(本当は高いタイ航空なら席はあったかも)。とすると、バスしかない(本当はバンコク行きの列車もありますが)。
バス駅から出るチェンマイ行きは午後2時発。こちらも所要15時間とか。ということは16時間は見ないとだめでしょうね。長すぎます。ちょっと考えることにし、事務所を後にすると、また人々が寄ってきます。みんな暇なんですよ(笑)。
「どうするんだ、どこへ行くんだ?」
「市内へ行くか? ホテル行くか?」
「空港行くんじゃないのか?」
「ゲスハオ連れてくぞ、いいとこあるぞ」
と口々に聞いてくるのに「ディオディオ……(ちょっと待って)」と答え、うーんと考え込みました。それから私はおもむろに彼らに向かい、チェンマイまでの半分ってどこ? と英語で聞いてみました。みんな顔を見合わせています。ちょっと質問が難しかった、いや、私の英語がおかしいんでしょう。
私はしゃがんで地面を指さし「ティニ(ここ)、ウドン」みんなうなずく。別の場所を指差し「ティニ、チェンマイ」またみんなうなずく。その中間を指さして「で、ハーフ。ティニ、ティナイ(どこ)?」
しばしの沈黙の後、誰かが「ピーロックだろ」と言い出し、すると皆が「そうだピーロックだ」「そうだなピーロックだな」「ああ多分ピーロックだ」と口々に同意しました。ピーロック? 聞いたことがありませんが、全員が言うのだからそうなんでしょう。
「そこへ行くバスはあるかな」
「10時半にあるよ」
「何時間くらいかかるかな」
「6時間」
「じゃ、そこ行くわ。ピーロックへ」
赤いジャンパーを着たおじさんが、よっしゃとばかりに私の荷物を掴むと、「こっち、チケット」と案内し始めました。ほかの人々は一様に安堵と落胆のため息を漏らしつつ、「ピーロックへ行くとよ」「ピーロックに決めたとよ」と他の人々に触れ回りながら、三々五々散っていきました。
チケットは229バーツでした。買ってから、そうそう、ピーロックってどこよ? と思って聞くと、最初怪訝そうな顔をしてましたが、やがてああ、と気づいてくれて、「ピッサヌロック」と教えてくれました。ピサヌロクか! そうか、それなら確かに半分かもしれない、と思いました。スコータイに近い中部タイと北タイの中間あたりにある街です。たしか一度、スコータイの帰りに乗り継ぎでバス駅に行ったこともあるはずです。そっかそっか、私はピサヌロクに行くんだな。

R0010271.jpg
ピーロック行きバス。10:30の文字が見える


こいつは、地図くらい持ってないのか? と不審に思われるかもしれません。持ってませんでした。旅行者としては、失格ですね。
白状すると、チェンマイを出発する時点で、ウドン~チェンマイが満席になっているのは知ってました。つまり、自分はどう帰ってくるかわからない、だけど何も持たずに行ってみようと、どういうわけだか思ったんですよね。
今はネットで世界中どこに居ても誰かとつながることができ、携帯電話で話をすることもでき、スカイプで毎晩夫と長電話することも可能です。情報があふれている時代。私が最も激しく旅をしていた80年代後半から90年代半ばまでとは、状況は一変しています。誰もが次の街の情報をネットで得ることができる。誰かが泊まったゲストハウスの情報を見ることができる。バスの時間も、飛行機の時間も、チケットの買い方も、みんなネットで知ることができる。それはすごいことだし、自分もいつも本当に助けられています。
でも、たまには、何の情報もない状況に自分を置いてみたい、という衝動に駆られます。そしたらこいつ、どうなっちゃうの? 途方に暮れて、路頭に迷って、どっか暗がりで泣いたりするのかな? ってのを見たい気がするんです(笑)。
まぁ、ご心配いただかないように書き添えておきますと、私はこのエリアは何度も旅しているので、大体の地理やエスケープルートはわかっています。ピーロックは初耳でしたけど(笑)。
それはそうと。
そう考えてくるとね、もともとこれは、決められていた道を自分は進んでいるだけなのかもかもしれない、と思えてきますね。というか、そもそも、自分でそう決めてそっちに向かって進んできただけなんじゃないか、とかね。
旅ってのは、まったく、不思議なものです。流れに乗ってるのか、引き寄せられてるのか、自分が引き寄せてるのか、よくわかんないけど、結局流れていく。

定刻どおりに半分ほどの乗客を乗せて発車した1等エアコンバスは、降ろしたり乗せたりを繰り返しながら順調に山道を抜けて走り、ルーイ(Loiet)まで。そこからさらに道が細くなる中を慎重に走り、いくつもの山を越え、橋を渡り、ナコンタイ(Nakhongthai)を経て、到着予定時間の4時半を過ぎてからようやく大きな国道に合流し、結局、ピーロックに着いたのは午後5時半。ぴったり1時間遅れでした。途中、あると思っていた食事休憩がなく、ウドンのバス駅で保険に買った5バーツの菓子パン2個と水で凌ぎきった一日でした。とにかく今回の旅、いつもいつも空腹です(笑)。
(この項続きます)
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この記事へのコメント
ホント、ネットが出来たり情報が詳しくなったり、旅も随分変わってきたのかなって思います。こないだ骨折してたのでデリーで日本人御用達宿に泊まったんです。普段は避けるのに。で、レーからデリーに着いて宿とって直ぐにエアインディアに行って…リクシャワーラーが昔よりシブトくなったのか、立ち去ろうとしてもなかなか値を下げないので、コンノートに行くのにも帰りも凄く労を要したんです。こっちは松葉杖だし文字通り足元見られちゃってwで、その日の飛行機が取れたので、帰りのリクシャと交渉して少し高いかなとも思ったんだけど、1時間後に200ルピーで空港まで行くという約束をしたんだけど、宿の親爺が怒ってね。「その値段を出せばタクシーに乗れる。俺に頼めば150ルピーだ」って訳です。日本人はみんな俺に頼むんだって言うんです。もうね、お前はバカだ的な物言いwこっちは骨折してて時間が無くて、そんな中で自力で一生懸命な訳で、それが初めから彼の宿の情報を持ってて彼に頼んでスムーズに旅してるのかもしれない昨日今日初めてインドに来た若造と比べてバカだ的に言われてしまった^^A; むっちゃ腹が立って大人気なく捲くし立ててしまいました。基本的に、旅って自分で進んで行くもんじゃないのか!その中で時折誰か親切な人に出会ったりするものなのじゃないのか!って、そんなことは言わなかったですけどね^^
Posted by 没関系 at 2008.02.03 13:27 | 編集
<それが初めから彼の宿の情報を持ってて彼に頼んでスムーズに旅してるのかもしれない昨日今日初めてインドに来た若造と比べてバカだ的に言われてしまった^^A;むっちゃ腹が立って……(以下略)

わかる。滅茶苦茶わかる。今すぐ日本に帰って没さんと握手したいくらいわかる。
そうなんですよ。情報がありすぎてね、みんなスムーズに旅行しすぎなんですよ。だって情報が完璧なんだもん。どこでも引っかかりようがない。というか引っかからないように完璧に情報仕入れてから動くでしょ、みんな。
それのどこが旅なんだよーっ! と、時々叫び出しそうになりますね。コラそこの小僧、宿の人にたかが列車のチケット取って貰ってるんじゃないよっ、自分で駅に行け、駅に! 歩いて行けるじゃないかっ! と、姉さんはいつも思っております(笑)
ところで、それってアジャイですか? 今日本人が溜まってるのってどこなんだろ?
Posted by ヤマネ at 2008.02.03 14:29 | 編集
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