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2008.02.03

ラオス旅行(6) 

かえりみち(2)

(承前)
5時半というなんとも微妙な時間に到着したピーロック。まずは一応、チェンマイへの乗り継ぎを確認しました。7時発のバスがあり、夜中の12時に到着するとのこと。ということは、実際に着くのは夜中の1時でしょうね。宿探しをするわけではないから、到着時間は別に構わないのですが、さすがにここまで7時間、ノンカーイ~ウドンを入れれば8時間以上バスに揺られてきたので、プラス6時間はもう無理だろうなと思いました。じゃ、ピーロック、泊まりですね。
しかし、私はガイドブックの類を一切持っていません。ピーロックは通過したことは何度もある(但しほとんど深夜)けれど、一度も泊まったことはありません。つまり土地勘はゼロ。バス駅に入る直前まで目を凝らして見ていましたが、近くにホテルの看板は見当たりませんでした。
仕方がないのでバス駅の事務所に行き、「近くに高くないホテルはありますかね?」と聞いてみました。おじさん2人が街の観光地図のようなものを眺めながら「うーん……」とめちゃくちゃ悩む。そもそもタイの人って(タイに限らずだけど)、自分の住んでいる場所を地図で把握することに、それほど慣れていないようなんですよ。このときも、おじさん2人は、このバス駅が地図に載っている2つのバス駅の内どちらかで、しばらく揉めてましたもん。自分の職場だよ?
しばらくしておじさんが指し示したのは、街の中心らしき一角。しかしおじさんが○を付けたその建物には、「クロックタワー」と英語で書いてある。クロックタワーって、私の記憶が間違いでなければ、時計台ってことじゃありませんでしたっけ? 
「あー、なんか違うみたいなんですけど、えーと、ゲスハオ、ゲスハオはないですか?」
ゲスハオとは、ゲストハウスのタイ風発音。おじさんたちは「おー、ゲスハオっ!」とようやく元気になり(やれやれ)、「ここへ行け」と教えてくれました。地図に○を付けてくれたそこには、タイ語しか書いてありません。「何て読むんですか?」「ラージャプルッ!」どうも。
「えーと、そこまで行くには何で?」
「トゥクトゥク!」
周囲を見回しましたが、トゥクトゥクの姿はありません。
「そのへんにいると思うよ」と言われ、礼を言ってそこを後にし、「そのへん」に行ってみましたが、軽トラみたいなヤツはいっぱいいるけど、運転手がいません。軽トラトゥクトゥク、かなり珍しい。
困ったなーと立っていると、赤いチョッキを着たお兄さんが寄って来て、「どうしたの?」
「ゲスハオに行くんだけど、トゥクトゥク、ないよ」
「モトサイ(バイク)で行く?」
「えっ、モトサイ?」
そうか、考えてみれば1人なのだから、バイタクで十分なんですよね。荷物もディパック1個だし。値段を聞くと「50バーツ」。ちょい高すぎませんか、兄さん。
「トゥクトゥクなら70バーツだよ、高くないよ」
「でも、チェンマイならどこまで乗っても15バーツだよー」
「じゃ、40バーツ」
「うーん、仕方ないなー、他に誰もいないし、じゃ、乗るわ」
兄さんが持ってきたのはそこそこカッコいいオートバイでした。が、もちろん、彼も私もノーヘルです。ヘルメットで頭部を保護、的な概念は彼らにはない(笑)。荷台にまたがって、発進。バイクはビューンっと路地を抜け、大通りを横切り(殺す気かっ! という横切り方でした)、また路地を抜け、猫を轢きそうになり、次の大通りを今度はまぁまぁ上手く向こうに渡り、渡ったところの大きなゲートをくぐって、巨大な建物の前に泊まりました。どう見ても、これはゲスハオじゃありません。なんか公共の施設じゃないですか?
「兄さん、ゲスハオだよっ、ゲスハオ!」
「あっ、ゲスハオか!」
兄さんは方向転換をしてからこの巨大建物の裏に回りこみました。するとそこには確かに「ゲストハウス」と書かれた英語看板が。にしてはでかいビルなんですが、こちらも。
フルだと困るので兄さんに待っててもらい、中で聞くと「泊まれるよ」とのこと。兄さんはお金を受け取ると帰っていきました。

エアコンの部屋は400バーツで、ファンの部屋は280バーツです。この冬場にエアコンも要らんじゃろと思い、ファンの部屋にしました。実際はすごく暑くてびっくりしたんですが。あまりの暑さに何も掛けずに寝ていて、明け方さすがに寒くて風邪引きそうになりましたよ(笑)。
行ってみると、だだっ広い殺風景な部屋に古びたベッドが2つ。そうですねー、遠い昔の中国のホテルってものが、こんな感じかな。あるいはタイでよくある中華系の旅舎がこんな感じですね。ここ1ヶ月ほどは洗ってませんね、と思えるシーツ。これに直に触れるんですか、とびびってしまう毛布の下敷き(これもシーツだね)。
でも、平気です。昔の中国の招待所なんて、こんなもんじゃなかったもん(笑)。
ま、ともかく荷物を置き、今日もとにかく腹ペコなので下に降りて行き、受付の姉さんに「ご飯食べに行きたいんですけど、どっち行ったらいいかな?」と、タイ語で(!)聞いてみました。だいぶ誇張してますが。実際は「ご飯食べに行きたい、どっち」と言ってるだけです。姉さんはしばし考え、「そこ出て、右行って、細い道、そこがいいよ」と英語で教えてくれました。
すっ飛んでいく私。まず、ご飯におかずを何種類でもぶっかけられる飯屋に行き、ナス炒めと五目野菜みたいなものを乗っけてもらって食べました。美味いっ! で、15バーツ。ひぇー、安い。そんなもんではまるで足りないので、次に揚げ物屋があったので、そこで鶏の揚げたのを食べました。20バーツ。まだまだ、ぜんぜん足りません。麺屋を探して通りを渡ると、セブンイレブンの前にいました。ここでセンレックを一杯食べて20バーツ。これでやっと、お腹がおさまりました。
こいつは一体どんな大食漢だと思われるかもしれませんが、タイの一食は日本と較べてずっと少ないのです。それに私、普段はこんなに食べませんから……。
セブンイレブンで菓子パンと水を買ってホテルに戻ると、姉さんが「食べられた?」とタイ語で聞いてきたので、「カー、キンレーオ。うん、もう食べた」と答えました。私のタイ語は、0歳児から1歳児になろうとする感じで、少しずつ単語が増えていきます。
部屋に戻り、シャワーを浴びました。このシャワーが! 熱湯じゃんじゃん究極のナイスシャワーで。このためだけに280バーツ払う価値があります。大満足です。
夫に電話。ピサヌロクなどという、彼にとってはありえない街にいる妻。怒りたいけど怒れない、という悶々が伝わる……。なぜならここで怒ってめげさせると、また苦悩の海にはまり込み、チェンマイまで帰り着かないからね、彼の妻は(笑)
自分でも何やってんだと思わないではないけど、でも旅って、こういうもん、ですよね。

R0010273.jpg
「どら焼き」の文字に惹かれ購入しましたが、期待はあえなく裏切られました・笑


夜、たいして期待せずにテレビをつけると、なんとHBOとスタームービー(どちらも映画専門チャンネル)が入りました。私のアパートじゃ入らないのに。
しかも! ケビン・コスナーの「ザ・ガーディアン」という海難救助モノが始まりましたよ。やったー。
渋系おじさまなら何でもござれの私ですが、えー、つまり、アル・パチーノでもポール・ニューマンでも、ジャン・レノでも、トラボルタ(太ってなけりゃ)でも、いいのですが、やはりケビン・コスナーは別格ですよね。いつもいつも孤高の人ですよね、ケビンって。たいてい結婚生活にも失敗してて、背中に哀愁がいっぱいてんこ盛りなんだよ。
で、この映画は今春日本で公開されるみたいなので詳細は控えますが、最後に自分と後輩が1本のワイヤーで救助ヘリにぶら下がったところで、ワイヤーが切れそうになっちゃうんですよ。でね、山岳モノでもあるシーンですが、後輩を助けるためにケビンが自ら連結器をはずすんです。落ちかかったケビンの手をつかむ後輩。泣きながら死なないでくれと叫ぶ彼に、最後にケビンが一瞬目を合わせ、一言「I know (わかってるさ)」と、そして自ら、手袋のベルクロをはずし、助からないと知って暗い夜の海に落ちていく…………。
風は強く、波は高く、暗い海は果てるともなく~♪(二艘の船)
号泣だよ…………。
かっこいい。かっこよすぎるよ、ケビン。
ケビンなら…………。
そう、ケビンなら、いいよ。うん。えっと、タダでも。熨斗付けて叩き返されそうだけどね(笑)。

などという下らない夜を過ごし、翌朝、8時少し前にゲストハウスを出ました。そうそう、ピーロックの街が他とかなり違うのは、流しのソンテウやトゥクトゥクの類がまったくいない、ということです。ゲストハウスで呼んでもらうかなと思ったのですが、朝なので通りで確認してみようと思い、大通りまで出てみました。やはりいません。交差点に「バス駅」という矢印が出ていたので、意外と近いのかもと思い、そこにいた屋台のおばさんに「バス駅はこっちですかね?」と聞いてみました。
「どこへ行くの?」
「チェンマイ」
「メッダーイだよ、メッダーイ!」
メッダーイとは、ダメという意味。本来「マイダイ」なのですが、人の言うのを聞いてるとメッダーイに聞こえる。おばさんは他の屋台の人にも声をかけています。みんな口々に「メッダーイ!」歩いちゃ行けないということでしょうね。その屋台のだんなさんが携帯を取り出して、
「呼んであげるから、そこに座って待ってなさい」
と親切に言ってくれました。それじゃ、私ここで何か食べます、と言うと、また夫婦で「メッダーイ」です。何で? 
「バス駅行って、キップ買って、それからメシ食う、だよ」
あ、いや、それじゃ何だか申し訳ないす。と言いつつ、お茶出してもらってるし。どうすりゃいいんでしょう、私は。買うにも麺だから買えないし。と、あっという間にトゥクトゥクが登場。私はそこの人たちに盛大に見送られてその荷台へ。すんません、ほんと、ありがとう!
トゥクトゥクはコトコトと走り、やがてバス駅へ。確かに歩ける距離ではありませんでした。で、またもバスに横付け。いいな、この横付けしてもらうの、快感だね。運転手のおばさんにお金を払い、車掌に連れられてキップ売り場へ。窓口の中に女性3人、外に男性ばかり4人、職員が賑やかにお喋りしています。そこで車掌が「はいはい、この人、チェンマイ行きね!」と言ってくれ、私はみんなの輪の中でチケット購入。渡された紙片に金額が書いてあるようなのですが、薄暗くて(あと老眼で)よく見えない。
周りの男の子たちが「ツーツーツー、にーにーにー、だよ」と教えてくれます。日本語かっ。私も「ソンロイイーシップソン」と返すと、「おおっ、タイ語喋れるじゃん」と一気に場が盛り上がりました。朝っぱらから盛り上がらなくてもいいのですが。しかも私が言ったのは数字だよ。
「何か喋ってよ」と言われたので、
「ヤーク、パイ、キン、カーォ(ご飯食べに行きたい)」
と言うと、全員爆笑、めちゃウケです。私、タイで芸人になれるかもしれません。
笑われながらお金のやり取りをしていると、横にいた若い男の子が、
「お姉さん、綺麗。僕も一緒にチェンマイに連れてって!」
と言う。またもや爆笑です。むむっ、お主やるなっ。ここは日本代表として負けるわけにはいきません。
「オッケーだよー、一緒にチェンマイ行こうぜ、すんません、チケット2枚ね!」
大爆笑。中のお姉さんたちはお互いを叩きあいながら笑ってます。やった。
男の子は「ディジャーイ(うれしい!)」と私に抱きつく真似。またまた大爆笑。私はもうこっから先はタイ語じゃ無理なので、「そのかわり、今夜はどこへも行かさんぞーっ!」と日本語で言いつつ、男の子を抱き返す真似をしました。男の子はキャーキャー言って逃げていきます。ははは、どうだ、参ったかっ!(何やってんだよ、私は)

R0010276.jpg
電話一本急行します! 嘘みたいにかわいいトゥクトゥク


車掌がやって来て、「もう発車しますよー」と言いました。私は彼らに手を振って、バスに乗り込みます。半数近くの席が埋まっていて、私は後ろから3列目の窓側に座れました。キップ売り場の人たちが、まだ大笑いしながらこっちを見て、手を振ったり変な顔をして笑わせたりしています。それに手を振り返しながら、私はまったく別のことを考えていました。
去年、このすぐ近くのスコータイで、日本の若い女性が殺害されるといういたましい事件が起きました。スコータイは私も知っている場所です。確かに人気もまばらな場所だったという記憶があります。事件直後は本人にも非があるかのような一部報道や、ネット上での書き込みがありましたね。深夜に宿も取らずに動き回っていたというような情報が流れたりもしました。私は特にその事件について情報を集めたわけではありませんから、報道された範囲内でしか知りません。でも、その前夜がどうであれ、実際に事件が起きたのは日中です。ツーリストが動き回っていて何ら不思議はない時間です。
彼女には、一点の非もないでしょう。悪いのは全て、彼女をターゲットとして狙った相手です。彼女に油断があった、それを招くような行動があった、という意見も未だに多い。それが1人で自転車を借りて遺跡を回ったことを指すのであれば、私など今まで何度旅先で命を落としたかわかりません。たまたま私は誰からも狙われなかった。ただそれだけです。
どんなに旅慣れて周囲に目を配れても、どれほど警戒心を持っていようと、狙われたら終わりだから。彼女の当日の行動が悪いと言うなら、それは女に1人で旅をするなと言っているのとほとんど同義ですから。
若い頃、旅に必要なものは何かと聞かれれば、笑顔と勇気と覚悟でしょうと答えていました。最近は聞かれることもなくなり、特に意識することはないのですが、やはりね、特に女にとって、覚悟は必要だと今も思います。金品を強奪される、暴力を振るわれる、殺される、だけでは済まないことも多いから。その恐怖と絶望は想像するに余りある。
…………それでも旅をしたい。それでも自分は旅をやめない。いつか自分がどこかで事件に巻き込まれたら、「旅慣れているという過信が招いた当然の帰結」と言われるのでしょうね。悔しいけど仕方ないな。
会ったこともない、顔も知らないその彼女ですが、このピーロックも通過していたのかな。怖かっただろうね、可哀想に。どうか安らかに。

バスは私を待ちかねていたようで、すぐに発車しました。時計を見ると8時20分。まだ笑ってくれてる駅の人たちに最後に手を振って、私はピーロックを後にしました。
今日も朝ご飯食べ損ねました……。
バスは広い道をぐんぐん走り、やがて山岳地帯に入り、くねくねと抜けてウッタラジットへ。その少し先でご飯休憩があってみんなと一緒に麺を食べ、また乗り込んで、再び山岳地帯。抜けて抜けて、ランパンを経由して、チェンマイ・アーケード・バスターミナルへ滑り込んだのは、午後2時30分。5時間と言われましたが、やはり6時間かかりましたね。
さすがにへとへとで、腹ペコです。最後までお腹がすく旅行です。バス駅でご飯を食べて、それから市内へ行く乗り合いソンテウに乗り、アパートに帰りました。

R0010277.jpg
ドライブインに停車中の2等エアコンバス



今回のラオス~イーサン地方の4泊の旅はこれで終わりです。
最後の2日間にわたるバス旅により、ノンカーイのもやもやは晴れたようです。幸い、特に腰の症状が悪化するということもありません、今のところ。ということは、自分はまだ、バスに乗れるということなんでしょうか……(笑)
途中、勝手に落ち込み、勝手に苦悩する、この書き手に最後までお付き合いいただいた皆さまには、最大級の感謝を送ります。とりわけコメント下さった皆さまと、メールで励ましてくださったT様、ありがとうございました。お陰で最後まで来れましたです。
まことにお疲れ様でございました。以下両方とも「本当にありがとう」の意味で、
コープクン・マー・カー!(タイ語)
コープチャーイ・ライラーイ!(ラオス語)
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この記事へのコメント
またまた連続投稿で申し訳ないです。
その女性の場合もイランで拉致された学生(まだ解放されてない)のケースも、遡ってイラクでの件もそうだったけど、どうして日本人はそういう時、みんなしてこれでもかってくらいに叩くんでしょ。実際に一人で旅をしたことのある人の苦言は兎も角。窃盗やスリ、置き引きに睡眠薬強盗、詐欺等々は聞いてみると何処か本人に落ち度もあるんだけど、そう、向こうが刃物や腕力でその気を持ってやって来るのは防げないんですよね。スペインでは複数で昼間歩いていても囲まれてボコボコにされて身包み剥がれるとか。選択の余地無く夜中だって夜明け前だって一人でバスターミナルへ歩いたり町に着いたりそんなことしょっちゅうだし、トレッキング中の山賊強盗なんてどうしようもない。もちろん凄く注意している積もりですけどね。「僕は狙われなかっただけ」なんだと思います。まして女性は本当に怖いと思う。きっと、旅に出ている人はそれこそそういう結果は「自己責任」だって覚悟があるのだと思うし、それ以上何を面白がって叩くんだろう。なんで叩く人達の言葉は嬉々としているのだろう。想像力と自立(和巳の言うような意味での)の欠如の極みです。
さてさて、「足を洗った」とは仰るものの、本来ならお金払って本を買うべき本物のライターの紀行をタダで読ませて貰える上に、コメントまで出来てしかも返信を貰えるって、どんな幸いでしょ^^ バス駅での話は…ちょっと昔僕にとっては旅のアイドルだったのに、今やおばさんだなぁ~wって感じでしたがwwwww
お疲れ様でした。バス、乗り通せて良かったね(ロバさんには内緒w)
Posted by 没関系 at 2008.02.04 00:00 | 編集
一般論になってしまいますが、自分たちと異質なものに対して徹底的に排除しようとする意識が、日本人は非常に強いですよね。横一線、みんな一緒。でないと安心できない。違うことをしている人間のことは、いつか叩いてやりたいという意識が、潜在的に心の中にあるのかもしれません。

えーと、へっぽこライター(元)の文字を読んでくださるだけで感謝です。全部で100枚ほどでしたから、読むのも大変だったと思います。
えー、バス駅ね……。あの前で止めとけばよかった……。また落ち込みそうだ、没さんにおばさんと言われてしまった。
グラスに酒を注ぎ足しつつ、あそこだけは作ったんだよな、くよくよ。だーからへっぽこなんだよ、私は。過ぎたるは及ばざるが如しって。ね。まったく学習しないな、自分。あー後悔後悔。
心入れ替えて出直します。
没さん、いつもありがとう。
Posted by ヤマネ at 2008.02.04 02:34 | 編集
うそー、あたしはそのバス駅のところが
とっても好きー。
あったかい感じがしましたよー。
Posted by アシカ at 2008.02.04 13:47 | 編集
くぅー、アシカさん、ありがとうございます。
今ね、くどくどとその件に関する説明をしてきたところなんですけど、あー、そうですかー、「とっても好きー」ですかー。よかったよかった。そう思ってくださる方がいるとわかると、途端に元気に(笑)。自分でもね、あの最後の台詞はかなり悩んだ末の選択だったので、まだ迷ってたりします……。
Posted by ヤマネ at 2008.02.04 15:30 | 編集
没さん、昨夜は酔っぱらってグチグチコメント書いてしまいすみませんでした(謝り続ける)。酔ってたせいか、「おばさん」に過剰反応……wすまねぇ。挙句、今日はメインで反省文まで書いてる。没さんのせいじゃないですから、ほんとに何か、申し訳ないです、いつもいつも。

この間、珍しく和巳のことを考えていて、「孤立無援の思想」のあの最後の名文を思い出せなくて、頭が真っ白になってしまったんですけど、その後無事に思い出せて。没さんが書いている「和巳の言うような意味での自立」という意味、私は本当に理解してるか不安なんですけど、世界中の誰一人として自分に与しなくとも、自分は自分の思想(考え、意見)を貫くという姿勢、精神の自立、という解釈でいいですか? 和巳に関して没さんの方がはるかに読み込んでらっしゃるので、非常に不安だったりします。しっかりしろ、自分w
和巳をまったく知らない人のために、この孤立無援の思想のラストがその一面をよく表していると思うので、記しておきます。
「これも拒絶し、あれも拒絶し、そのあげくのはてに徒手空拳、孤立無援の自己自身が残るのみにせよ、私はその孤立無援の立場を固執する。」
言い回しまで含めて正しいか、いささか自信ありません。
それにしても高橋和巳……。初めて読んでからもう四半世紀が経ちますが、まったく色褪せない、この人のように強くなりたいと思った自分は、果たして……。あかんなw
Posted by ヤマネ at 2008.02.04 15:54 | 編集
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